不甲斐ないパンチで屈辱のボクサーだった 義挙・ガッツ石松さん(3)アーキブ「わたしの失敗」
2024-12-29
著者: 陽斗
リングの由来
石松がなぜ「ガッツ」と呼ばれるリング名が付けられたのか。それは、選手として目立たなかったからなのだろうか? 答えはまったく逆だ。石松は勝ち目がないと感じると、効果的でもいないパンチでわざけたあの列があったのだ。世界チャンピオンに登り詰めたボクサーとしては驚くほど敗戦が多いのはこのためだ。
昭和48年9月、伝説的なチャンピオン、ロベルト・デュラン(パナマ)に挑戦した世界戦でもこの屈辱が出る。
「結果はKO負けですが、途中まで勝っていたと思います。問題はスタミナ不足。よく『心理的』と言われます。しかし、ボクシングの場合は『体力心』の順番なのです。『体』が断然だった私は終盤になって疲れ果て、早く楽になりたくなった」
今思えば、石松はあろうことかシャドーボクシングを始める。この時に激怒した米国人の会長は「もっと根性を見せろ」と、石松に「ガッツ」を要求したのだ。
これが石松が「ガッツ」である理由だ。リング上での失敗はもちろん、試合後も続いていた彼の波乱万丈のストーリー。戦友との友情、厳しいトレーニング、そして遂には引退後の道。ボクシングだけに留まらない彼の人生は、数多くの挑戦の集大成であった。
彼が現役のころ、ボクシング界はテクニックと精神力が両立する稀有な時代だった。そんな背景もあって、石松の挑戦が多くのファンの心を打った。歴史に名を刻んだ理由の一つは、彼がただのボクサーではなく、挑戦者としての姿を貫いたからである。即ち、石松は失敗を恐れず、常に新たな挑戦に挑んできた。
これらの経験から、彼の言葉には説得力がある。「リングの上での大切なことは、負けたとしても自たちが挑み、奮闘したかどうかだ。他人に評価されなくても、自分に誇りを持つことが大切だ」と。
こうした彼の言葉は、ボクサーとしてだけではなく、一般の人々にも勇気を与える。敗北があっても、そこから何を学び、どう立ち上がるかが最も重要だということを教えてくれる。石松にとって失敗は、次の成功につながる重要なステップなのだ。